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フィクションか、ノンフィクションか。

変化と不変

森田との別れ以降、私は自分を変えた。

中学の頃の自分とは決別して

森田と付き合ってる頃みたいに無理して強くいるんでもなくて

一人で立って歩けるように、本当の意味で強くなりたかった。(とはいえまだ学生なりにだけどね)

 

高校時代は最悪だった、とは言うものの

なんだかんだ、私をぐんっ、と一段も二段も引き上げてくれた時期だった。

 

N子やEちゃんとの時間はとても穏やかで

中学時代とは違う、新しい友情の形を知れたし

仲違いしていた女子達からは

なんだかんだしょっちゅう相談されることが増えて、いつの間にか仲はよくなっていた。

 

 

 

でも成長して決定的に変わったことは

 

自分のことは話さないこと

感情を出さないこと

常に凪のような一定のテンションを保つこと

常に冷静であること

自分なりのポリシーを誇りに思って、自分を裏切らないこと

 

こういう部分は、もともと自分が持っていた部分でもあるんだけど

 

自分の弱さを隠すための盾として使っていたような自覚があって

それを

弱さを隠すのではなく、自覚して受け入れて

向き合うための方法として使うようになった

 

というのが、一番的確な言い方な気がする。

ちょっと表現が難しい。

 

 

今となっては

【弱さを出せる相手こそが大切な人】と改めて戻りシンプルにそう思えるし

【自分の感じる感情に素直になって、表現すること】の大切さと難しさを感じるけれど

 

そこの価値観に辿り着くまでの回り道というか

自分の今いる場所の真価を知りたければ、外の世界を見てまわり、戻ってきたときにやっとわかる

というようなことに近い気がする。

 

 

 

とにかく

弱さを森田にだだ漏れさせていた中学時代から

自分で自分の弱さを自覚し受け入れる高校時代へと変わっていった。

 

これは本当に、私の中では大きな成長だった。

 

 

 

森田と別れたすぐあと、アパートからまた引っ越して、高校のある地域に住むようになった。

 

兄も一緒に。

兄はその頃は包丁を出すことはしなくなったけれど、まだ急に怒鳴りだしたりすることはあって

普段は暗い部屋で一人、メモをとりながらぶつぶつと喋ったり急に笑ったりして、相変わらず不安定だった。

 

それでも中学の頃よりは落ち着いていて

というか、私も成長してしまったのか慣れなのか

兄が怒鳴りだして家族がそれに呼応するように反応してしまっている中

私は一人、ネゴシエーションのような静けさで会話して、兄が落ち着くようになることもあった。

 

たぶん、兄からしたら私は6つ下の妹で

そんな妹が冷静に話してるのを見ることが、トーンダウンするスイッチになってるような感じもした。

 

 

そもそも口論が多い家の中で、あー言えばこー言う終わりのない応酬のうるささに辟易していたおかげか

そういう険悪な雰囲気になった時に

 

人の感情に呼応しない

人の言葉にその場で反応しない

 

という行動を選択肢として持てるようになったことは、守りでもあり強みでもあった。

 

 

 

そんなこんなで

家のことも誰に話すわけでもなく、成長とともに冷静に見れるようになっていた。

 

 

 

 

 

森田のことは、意識的に思い出さないようにした。

ただ、森田が元気で笑ってくれてたらいいな、とは願った。

 

 

高1の春休みには、友達伝いで紹介された別高のsと付き合っていた。

sはいつもチョコレートの香りがする、ふわふわとした少年のような人で

高校で生徒会に入ってることや、バンドをくんでてギター担当というのが中学の頃の自分と一緒で、初めて会った時からなんとなく意気投合。

 

本来、日常の中でいろんな部分を間近で見れた人を好きになることが多かったため

学校も違ければ素性もわからないタイプは好きにはならないのだけど

sの少年っぽさや素直さに惹かれた部分はある。

 

 

 

「花は、俺に何も話してくれない。

頼りにしてくれない。

俺ばっかり、花を求めてる。

一方通行は疲れる。」

 

sにこう言われたことがある。

 

たしかに、自分のことは話さなかったしもちろん家のことも言わなかったし

信頼してるかっていわれたら、え、信頼…………?みたいな感じだったけど

 

そういう相手の方が楽だったのだ、当時の私は。

 

はじめから信頼してなければ、裏切られないし

私自身、寄りかからなくてすむから。

 

 

 

 

 

でも

 

【一方通行は疲れる】

 

これはそうだ、と思った。

私も森田に、そう感じたじゃないかと。

 

 

それからは、なるべく甘えたりとかもしようとしたけど、甘えるのが下手すぎてできていたかはわからない。

sは拗ねたり自信なさげになったりと、よく私に感情をぶつけてきた。

sといると、なんとなく自分がしっかりしなきゃ、というお姉さん感覚の方が強くて

そんな感覚で付き合っていたように思う。

 

森田の時とは全然違う感覚で付き合っていたことは確かだった。

 

 

 

 

 

初体験は、sとだった。お互い。

高校生でも安く入れるホテルがあって、そこで。

森田との時はあんなに最後をするのに抵抗があったのに

終わったあとの本音の感想は【こんなもんか…】だった。

 

年齢的にそういうお年頃だったから、というよりは森田には感じていた《ここまで見せてしまって嫌われたら…》という怖さがなかったから。

それが一番大きな理由だった気がする。

嫌われたら嫌われたで、別にいいか

っていう感じで初めてをあげてしまった。

 

初キスの時もそうだったけど

私はたぶん、そういうことに夢を持ってしまう方が怖くて

ノリで越えてしまう方が楽なのだ。

 

 

 

と、いうことは、裏を返すと

森田は怖いと思うほど本気だった、ってことなんだけどもね。

 

 

 

 

 

sとは高校が4駅離れていて平日は会えないから、土曜日を会う日にしていた記憶がある。

sがバイトをしてたので、2週間に一回とかの感覚で会って、して、みたいな。

 

 

心の距離は中学時代の森田以上には決してならないのに

身体は繋がる、という妙な距離感のまま付き合っていた。

 

 

そして驚くことにそんな微妙な距離感なくせに

森田の時には感じなかった【嫉妬】という感情もあった。

sが生徒会で仲良しの女の子の話をすると、嫌だなと思ったり。

 

信頼がないから嫉妬するのか

恋愛感情から嫉妬するのか

 

よくわからなかった。

 

ただ、中学の頃、森田が誰と仲よくしていようが、誰と付き合おうが、嫉妬はしなかった。

 

それも、信頼があったからなのか

そもそも恋愛感情ではなかったからなのかわからない。

 

 

 

別れた時は森田に対する嫉妬、ではなくて

ただ自分の居場所が無いように感じたショックな気持ちだった。

 

 

 

 

 

ある日、ふと高校の古文の先生が

諸行無常】という単語を発した。

 

 

 

 

 

その時、ふと思い出したのだ。

《変わってしまうことが怖い》と泣いた自分を。

それに応えてくれていた森田を。

 

森田はたしかに、私を拒絶したり別れたいと言ったことは、一度も無かった。

本当に、一度も。

 

 

 

 

 

今や変わってしまったな、と思う気持ちと

 

いや、でも私は森田を嫌いになったわけではないよな…?

という思考が混じる。

 

 

 

そうなのだ。

すべては、私の身勝手でわがままで

自分を守るために森田を振りまわしたにすぎない。

 

森田を大切に思うからこそ、負担をかけたくなくて 森田を大切に思うからこそ、自分の不安定さをのしかけたくなくて

森田が大切だから、今も、森田には幸せでいてほしいと思う。

 

ん?

 

 

 

じゃあ、私の森田に対する気持ちって、根本的に昔から変わってなくない…?

という答えに辿り着いた時、

 

 

久々に顔を見たくなった。声を聞きたくなった。

 

 

 

 

 

森田に会わない間に、成長した自分。

今の自分だったら、森田に何をしてあげられるだろう。

あの満月の夜の恩を、今の私なら返せるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

今思い返すと、このポイントで会わなければ良かった、と思う。

このタイミングで会ってしまったことが、後々までズルズル引きずることになってしまったのだ。

 

他の恋愛なら、別れたら全く会う気持ちもなくなるし、記憶すら消えていくのに。

 

それと同じようにするべきだった。