あの日見た満月

小学5年で一度切れた縁は

早くも6年になってすぐ、また結ばれることになる。

 

バスケクラブを選択した私は、私の他に女子は1人だけで、後は男子しかいないことを知って結構後悔してた。

 

お兄ちゃんに教わって好きになったバスケ。

小3.4年の時は、元バスケ選手の先生と休み時間に戦うほど、上手いわけじゃないけど好きだった。

 

小4はパソコンクラブ、小5は漫画クラブ

最後の年くらい、スポーツ系に入ろうかしらと、かなりノリで決めてしまったのだが。

その年の女子と男子じゃ、ボール運びの速さも全然違うし、張り合えるほどの実力じゃなかったから、正直もう辞めたい。

さらに、メンバー表を見て知った気まずさも重なる。

 

うーん、と体育館の前で悩んでいると

 

「あれ、さやかじゃん。バスケ入ったんだ〜」

 

久しぶりに聞く懐かしい声。

あんなに最低な終わり方をしたのに、昨日も話してましたよね、くらいのテンションで話しかけてくるのは

 

「…もち」

 

正面からちゃんと見るのは半年以上ぶりくらい。

あの日から気まずくて、目が合わないようにしていたけど、たまに姿を見かけては胸がチクッと痛むのを繰り返していた。

話しかけたくても、自分の中の意地と、逆に後ろめたさとがないまぜになって、結局放棄していた。

 

「よろしく〜」

 

相変わらず、独特なゆるいテンションの話し方になんとなく力が抜ける。

 

「もちもバスケなんだね。中学行ってもバスケ部かなこりゃ」

「そうだよ~、俺バスケ上手いし。先輩からもう声かけられてるもん」

「うわ、自分で上手いとか言っちゃって」

 

なんて、今まで話さなかったのが嘘のように、また軽口言えちゃうのが、内心すごく嬉しかったし

もちの普通さに驚いてもいた。

 

女の子同士は、一度距離が離れるとなかなかこうはいかない。

小1から小5まで、毎日一緒に帰って遊んでたmちゃんは、転校生のsちゃんが現れてからというもの、sちゃんにべったりだ。

そうか、他の友達の方が気が合うってこともあるんだよな、なんて冷静に距離が離れたことを思えてはいても

だんだんと声すらかけなくなっていた時期だったから、尚更感動したんだと思う。

 

「さやか、元気だった〜?」

なんて優しいトーンで言ってくるもちは

多分、私よりも広い器を持っている。と、その時感じたし、そうしてくれたことがありがたかった。

私にはできないことだったから。

 

その後、またちょくちょく絡むようになり、小学校卒業、中学生となる。

 

中学生になって、もちはバスケ部、私はテニス部所属。

クラスも違うし(とはいえ田舎なので小学校からそのままメンバー変わらず持ち上がりだし、3クラスしかないけど)

特に関わろうとしなければ接点はなかった。

だけどお互いよく偶然会っては、話しかけ、特に用事はなくてもチャリ置きから教室までとか、一緒に行ったりしてた。

そうしてまた自然と、付き合うことになる。

 

でも小学校の頃と違うのは、もちが思春期入って猿化が進んだこと。

 

初キスがmとだった、って話をしてからは、特に顕著に手を出してくるようになった。

帰り道に2人だけの秘密基地のような場所に行って、そこでも手を出されたり(って言っても最後まではしてないんだけど)。

 

でも、まだそういうのには抵抗があった私は

「そういうの目的なら、付き合うのやめよ」

って何度も言ったし、実際何度も別れた(笑)

 

「もち、付き合うとそういうことばっかするからやだ。友達の方がいい。」

「なんで?好きだから触りたいんだよ?」

「…ごめん、わかんないよ、そういうの。やりたいだけに思っちゃう。別れよ。」

「…さやかが嫌なら、仕方ないかぁ」

 

このやりとりを中1の間に4回はした(笑)

そして懲りずにまた付き合うという(笑)

 

怖かったんだと思う、私。

そこまで全部見せちゃって、それで好きじゃなくなったって思われるのが、怖かった。

どんな身体で、どんな反応をするのが、もちにとって正解なのか

もちにとっていい女って、どんななのか

そんなこと、あの年でわかるはずもないんだけど。

 

そういう熱のこもった目でもちに見られると、逃げたくなった。

自分の中の【女】の部分に、自信がこれっぽっちもなかったからだったと思うけど。

 

二人きりでいるとそんなだけど、学校では普通に話したりして

何で悩んでたのかは忘れたんだけど、よくしょーもないコンプレックスとか悩みをもちに愚痴っては

「まーた悩んでるの?さやかは〜」

って、笑いながら、なんだかんだ話を聞いてくれて

「大丈夫だよ〜、さやかはさやかのままで」

と、もちが言ってくれて心の安定を保っていた気がする。

付き合ってる時も、付き合ってない時も。

身体のことがあるかないかぐらいで、私の中ではもちは変わらず、恋愛かどうか抜きにしても好きな相手だったし

もちの変わらずに接してくれる優しさに甘えていたとも言える。

 

だけど、その頃はまだ家のことは話せていなくて。

 

中1の秋。

ケータイを仮で買ってもらった頃。

兄の暴れ具合も頻繁になった。

窓ガラスを割り、興奮すると包丁を持ち出す。

小6の時に、私が熱だというのに包丁を持ってきたことがあって、本当に殺されると思ったことがある。

なんとか逃げてドアを重い物で塞いで、泣いた時もある。

力がある父が、まだ兄を力ずくで止められることはあったけど、激しい言い合いや、母のヒステリックな声を聞くのも、怖いし疲れるし、意図しなくても体が震え、早く終わらないかといつも待った。

 

中1の頃は頻繁過ぎて、泣くことはなかったけど

家への愛着とか、もともと薄かったのがほぼ無くなって、家に帰ることは義務のように感じていた。

 

その日も慣れたとはいえ勝手に震える指をなんとか抑えながら

なんとなくもちに、“家にいたくないな~”と、メールをしてしまって

それから、しまった、と思った。(あの頃は送ったメールは取消せなかった…)

 

どんなに自分自身のことは弱音吐いても

家族のことだけは言ってこなかったのだ。

 

兄が変わってしまった理由を、ハッキリとは知らされてなかったし、こんな家で育ってるなんて、思われたくなかったのもあった。

誰にも言わなかったのに。

いくらもちでも…

と思ってるところに返信がきた。

 

“夜中、外出れる?”

“会いに行く”

 

このメールは、今までもらったどのメールの中でも、嬉しかったメール。

 

11時頃には兄の暴走が終わり、家族が就寝して

12時半を超える頃。

 

“ついたよ”

 

本当に来たの?と、内心ドキドキしながら

自分の部屋の窓から抜け出して、表の道路に行くと

真っ暗な夜闇の中、満月の光を背に照らして

もちがチャリにまたがって、そこに居てくれた。

 

 

チャリで10分もしない距離だけど

夜中に、中1男子がチャリで出歩くなんて、今の世の中だとすげー怒られそうだけど

 

「ごめん、親がなかなか寝なくてさぁ。遅くなっちゃった。」

 

なんて、いつもと変わらないゆるいテンションで笑ってくれるから

なんだかすごく

もちになら甘えてもいいかぁ、って気持ちになっちゃって

今更なのにさ。

 

 

二人で近くの大きなお地蔵様の影に隠れて、警察の見回りを回避しつつ、家のことを初めて話せた。

お兄ちゃんが変わってしまったこと、人は変わってしまうこと、変わらないものなんてないと思ってしまうこと

だから、怖い、と。

素直に話すことができた。

 

「そっか。さやか、大変だったんだね。

でもさ〜…、俺は変わらないよ。

俺、多分ずっとさやかのこと好きだし。

さやかが必要としてくれる限り、俺はこうやってさ?会いに来るよ。」

 

 

なーんてもちが言うからさ。

この時、付き合ってなかったのにさ。

さすがの私も、意地っ張りはどこかに消えて

もちといる、この静かな暗闇の時間が

私の人生の、一番の幸せな時間かもしれない、なんて思ったんだよ。

 

 

さすがに親がいないことに気づいたらまずいからって、長くはいなかったけど

「また辛かったら、ちゃんと俺に言ってね。」

って言ってチャリこいでくもちの背中を見送って

久々に心が包まれたような感覚のまま眠れたのを覚えてる。

 

 

次の日は学校で、朝に早速チャリ置きで会って。

 

「「おっす」」

 

って変わらない挨拶しつつ

意味もなく目で合図してさ。

 

私はあの日から、家で何かあっても

『もちがいるから大丈夫』って思うようになった。

家にいても、一人じゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人だけの秘密。

共通の思い出。

 

だけど

その出来事に対する『価値』には差がありすぎて。

 

もちの存在は、私の中でより一層、『失いたくない存在』になった。

どんな関係であっても。

私の人生から消したくなかった。

 

信じきることができないくせに

拠り所にしてしまって

本当にごめんね

 

私はあの時のこと、すごくすごく

今でも鮮明に思い出せるよ

美化してるなんて、誰にも言わせない

 

もちが来てくれたあの時の安心感は

ほんと、ハンパなかったよ。

来てくれて、ありがとう。

私の気持ちを、救ってくれてありがとう。